僕と京都とサッポロと

ドミノス

2005年09月26日 22:45

懐かしい光景の中を歩いていた。
おととい、競技場へ行く前のこと。

京都の街なか、それも北大路界隈に足を踏み入れたのは
もう何年ぶりになるだろう。
京都は自分にとってチョット特別な意味を持つ場所です。
大学4年間、言ってみれば青春を過ごした街。
あっ言っちゃった…

時が過ぎるのを忘れ、趣味や友人とのウダ話に明け暮れた毎日。
そのうち社会人になり、京都を出て東京へと移り住んだ。
その後、新しい駅ビルが出来たり、地下鉄が国際会議場まで
延びたり東西線が出来たり。随分様変わりした。
気が付けば京都に自分の居場所は無くなっていた。

卒業後、大学へは2,3回行ったきり。
今さら恥ずかしくて全然行く気がしない。
茶洛に行くので約10年ぶりに通学路を辿りました。

住んでる所から阪急乗って烏丸で乗り換え。
地下鉄自体に乗るのも何年ぶりか覚えてない。
北大路で降り、階段を上がって見る景色。
ちょっとドキドキした。

自分が学生の時、バスターミナルはまだ地上だった。
昔スタジオ入った事がある楽器店はMacの店になってた。
あそこの角。前は何の店か忘れたけど、とにかくコンビニではなかった。
やはり10年の月日は長い。

変わらないもの。この辺りにあった写真館。
古紙回収の車から流れる、テープが延びた様な音楽。
地下鉄の妙にビブラートがかかった案内音。
どんなに混んでても、お年寄りetc.が座るまでは
決して塞がらない市バスの座席。などなど。

変わってしまったものと変わらないものとが入り交じる。
あぁやっぱり京都は京都のままだったんだ。
少し安心した。
京都という街は、伝統の中に革新を取り込みつつ栄えてきたんだなぁ。

さて。降りるバス停が近付いてきた。
この辺は駅からみて大学とは反対側だけど、
チャリで何度も通ってきた道なので、すぐ店に着くはず。
降りてからちょっと迷ってしもたけどな

話は変わって、昔、友人と河原町を歩いていた時の事。
CDショップの前で「京都パープルサンガをJリーグに」という署名運動をやっていた。
その時は署名せず、「もしJに上がったらフェイスペイントして観に行こか」
なんて冗談交じりに話していた。
運命のイタズラで、もしかすると今頃コンササポの対面で
この試合を観ていたかも知れない。
が、実際は京都サポになるどころか試合を観ずじまい。
選手の名前を覚え始めた所でラモスが加入し、その内
「疑似オフトジャパン」になってしまった。
サンガに特別な思い入れを持つ事はなくなった。

その後、大学卒業直前の独り旅行で北海道にハマり、
何回目かの旅の道すがら、厚別で見た湘南戦でコンサの虜。
そして現在。アウェイの地として京都に足を踏み入れるに至る。

京都に昔ほど思い入れは無くなったけど、この街に棲む魔…
時を忘れさせる雰囲気はいまだ健在の様です。
試合後、友人との飲みを7時半ころで切り上げる筈が
店を出たのは10時近くになってました。

…ご静聴有難う御座いました。
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